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埼玉の建築スケッチMAP 青山恭之のブログ
エッセイessay
「うらわ建築塾」③  埼玉の建築スケッチ、など

 「うらわ建築塾」、さらにはSMF(Saitama Muse Forum)の活動は、いろいろなところに枝を伸ばし、まだ実を結ぶとまでは至らないものの、少しずつ葉を広げ、つぼみを準備しつつある。今回は、そのあたりを紹介してみたい。

 「うらわ建築塾」は、さいたま市市民活動サポートセンターの登録団体になっており、ここでの催しに参加するなかで、センターの方々との交流や情報の共有が育っていった。そんななかで、2012年、「アートフェスティバルうらわ 2012」という催しが企画され、そのプログラムの一部、「うらわスケッチ散歩」という街歩きを担当することになった。「昭和の浦和絵描きになったつもりで、スケッチをしながら街を歩いてみませんか」と呼びかけて、ヒアシンスハウスから鹿島台の住宅地、旧中山道、調神社を巡り、スケッチをした。このフェスティバルは、次の年2013年の「まちの宿題、アートで変身!」という催しに形を変えて引き継がれ、ここでは、「さいたま名物カルタ」の制作に関わった。

 また、2012年の3月から、埼玉新聞で連載をスタートした「埼玉の建築スケッチ」は、僕のスケッチと400字ほどの文章からなるコラムだ。毎週水曜日のさいたま市の地域情報のページに掲載され、紙面の都合でお休みもしばしばあるなかで、2014年6月に終了するまで、計87回を数えた。さいたま市を中心に、県内の興味深い建築を紹介するという趣旨で、当初50回程度を想定していたが、描きはじめてみるとあれも描きたい、これは捨ててはおけぬと回を重ね、連載終了後もブログで発表を続けている。(スケッチを地図にプロットしたものは、http://atelier-ring-arch.jp/map/)するとなかなかの反響があり、たとえば学校の建築を描くと、「そのスケッチを同窓会の会報に使いたい」、「学校の周年事業にお借りできないか」、「この建築は解体が決まっていて・・・」などの声が届いてきた。また、公の建物の場合でも、責任ある立場の方が訪ねて来られたケースが複数あった。その建物での催しにスケッチを使っていただいたり、区報のページに採用されたり・・・。地元のFM局からも声がかかり、市長と、地域の建築について対談する番組が実現した。また、2014年には、「懐かしの街散歩 埼玉」というガイドップックが出版され、その中の浦和のページを担当させていただいた。さらには、古い建物の情報や再生へ向けての相談なども届くようになってきた。そういった様々な声を耳にするにつれ、それぞれの建物は、その地域のなかで大切にされているからこそ、絵という「エール」が届くのだろうと実感するようになった。

 実はこの、「スケッチをすることで建物にエールを送ろう」というのは、建築家鈴木喜一氏が、神楽坂を拠点に展開してきた活動、「近代建築史への旅スケッチ展」「神楽坂建築塾」において、一貫して取り組んできたテーマだった。前者は1993年から、後者は1999年から脈々と続いてきた。僕もそれぞれに初期から関わってきて、歩いて、見て、描くことが自然な体の動きになってしまっている。おそらく、街を訪ね、建築に出会い、目と手を動かしてアウトプットすることが、その場所、空間、具体的なものとしっかり向き合うことになるのだろう。もちろんその関わり方は、各人各様であっていい。その多様な関わりが重層して、街や建築が豊かに奥行きを持った存在になっていくのではないか。「うらわ建築塾」は、そんな多様な活動の場でありたいものだ。