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埼玉の建築スケッチMAP 青山恭之のブログ
コラムcolumn
八女+鹿児島、冬の旅

2017年12月~2018年1月

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 年末年始恒例の鹿児島への旅。今年は、去年より1日多く時間がとれたので、行きに一泊寄り道を組み込みました。目指したのは、福岡県の八女です。鹿児島へのルートから外れることなく、宿泊を含めて丸一日で見て回れそうな場所という条件で浮上してきた、「重要伝統的建造物群保存地区」です。行ってみると、建築も環境もすばらしく、とても充実した時間が過ごせました。今まで近くを何度も通り過ぎながら、どうして寄り道しなかったのかと思うくらいです。


 また、今回は久しぶりに、毎日一枚のスケッチを描くことができました。小さなA6の無印良品のダブルリングノートですが、腰のウェストバックに入れておいて、描けるときにすぐ手に取ることができます。そんな絵(部分)を集め、トップの画像にしてみました。

 
12月28日
 朝7時10分東京発の「のぞみ」9号に乗り込み、快晴の空に雪化粧をした富士を見ながら東へ。この時期らしく関ケ原は雪景色で、やや曇りがちの西日本をつっきって、博多には12時10分に着きました。駅ビルの地下で博多うどんに舌鼓をうち、13時44分発の普通列車で14時29分に羽犬塚駅着。駅から東へ5~6キロが八女福島の中心市街地で、ここはタクシーを使いました。市街地の最も駅よりに位置する「喜多屋」という酒蔵で車を降りて撮ったのが、下のパノラマです。
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 左が典型的な八女の町屋の形式を持つ店部分で、漆喰の要所に、左官の技の映える装飾が施されています。中央奥に六角形断面のレンガの煙突が見え、右半分が奥まで続く酒蔵(旧国道442添いの景観が見事)になります。店に入ると、土間空間を支える立派な梁が目に入りました。その先、中庭に直径3メートルはあろうかという巨大な杉玉が見えたのでびっくりしていると、店の方が声をかけてきてくれました。ちょうど作業が終わった酒蔵の中も案内いただき、日本酒と焼酎の品々についても説明を受けました。寝台特急ななつ星で、ここの「大吟醸 極醸 喜多屋」を提供しているとのこと。我々は、特別純米の四合瓶を一本いただきました。


 ここから、八女福島の市街地を往還沿いに進みました。この往還道路は、筑後地方から東へ、竹田を経て大分までを結ぶ街道です。八女の中心街では福島城を囲んでコの字状に迂回していて、その道沿いに家並みが形成されています。そのため、町屋が面的に広がる大阪の富田林などと、一般的な街道筋の一直線に形成された町並みとの中間的な在り方を示しています。先ほどの喜多屋の店ように、入母屋屋根の妻入りで、二階部分は漆喰で仕上げされた防火仕様、一階は両方の平(ひら)面に下屋の庇を張り出す形式が多く見られます。


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 そんな町屋が次から次へと連なるなかに、いくつか洋館も混じっていました。この写真では、洋館と町屋の融合が無理なく果たされているのを見ることができます。写真右端に白いガードレールが写っていますが、ここは水路をまたぐ橋になっています。福島城は三重の堀に囲まれていたそうで、その遺構かもしれません。

 

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  往還を西から東へ進みながら撮った町並みです。写真左、足元に赤白の工事用カラーコーンが立てられているのが、八女市指定文化財の今里家住宅です。「最古の妻入り『居蔵建(いぐらだて)』町屋として重要」と、説明書きにありましたが、屋根などが修理中でした。道路の拡幅前の道幅が、やや明るい色の舗装で示されています。この写真では右側が、軒先がカットされて、やや平面的なファサードになっているのがわかります。また、写真中央で、道が行き止まりになっているように見えますが、実際は鍵型に折れ曲がって先に続いていて、城下町特有の「桝形」といっていいでしょう。

 

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 重要伝統的建造物群保存地区というと、整った町屋の連続がイメージされがちですが、ここは洋館の混在だけでなく、様々な用途の店や小さな工場が現役で、街が生きている感じがします。観光地観光地していなくて、人々の暮らしが自然に息づいているようです。来てから知ったのですが、八女は仏壇や提灯などの生産・販売が盛んな、ものつくりの町でもあるのです。このスケッチは、「八女茶」という全国ブランドの元になったお茶屋さん「矢部屋許斐本家(このみ園)」です。画面左の黒い木造の装置は、「日除け」と呼ばれていて、完成したお茶の色を見極めるためのものだそうです。ここでも、お店の方から、奥に続く中庭や付属建物まで案内を受けました。

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 夕暮れが迫って寒さも増してきたころ、往還道路が折れ曲がる紺屋町交差点付近から南方向、最も町並みの整った界隈を撮った写真です。左の町屋は、「相良矢工房」といって、縁起物の矢の展示販売をしているところですが、17時を過ぎて閉まっていました。右に写っている「横町町屋交流館」は、残念ながら12月28日から年末年始の休みに入ってしまって見学できず。もう一つ、「旧木下家住宅(堺屋)」という内部を見せていただける建築があるのですが、ここも年末年始の休み。観光客らしい人に出会わなかったのは、そういうことかと思いました。


 紺屋町交差点から東に進んで、今日の宿、八女グリーンホテルにたどり着きました。夕食は、ホテルの一階にある沖縄料理店で。観光客ではなく、地元の人たちで大いに盛り上がっていました。

 

12月29日
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 朝、ホテルの屋上から南方向を撮った、八女の街です。西は筑後平野へと開かれていますが、北・東・南の三方(時計でいうと11時から時計回りに8時くらいまで)には山並みが控えていて、ゆるやかな盆地のような、豊かな里の空間的なまとまりが感じられます。古代から、人々の暮らしが営まれてきた良好な環境だったということでしょう。


 写真中央の森は、福島八幡宮。昨日のスケッチのお茶屋さんから、右(東)に往還を進んだ突き当りに位置します。この神社の南に接して、かつての福間城のお堀の一部を文化年間に住民たちが灌漑用の池として整備した「文化池」があります。

 この日は、ホテルに荷物を預け、ホテルより東側の街を歩きました。街の東北のはずれあたりで石の鳥居が目に入ったので、神社があるだろうと鳥居をくぐって歩を進めると、水路をまたぐ石の太鼓橋の先に山門が建っていました。見るとその山門の先に、何やら飲み屋街のような独特の雰囲気をもった家並みが続いているではありませんか。聖なる神社に向かう参道に、俗なる小さな店々がはりついて、路地の上部には屋根まで作られて、ここが別天地だと表示しているかのようです。水路にそった路地にも店が並び、上階が水路際まで張り出して列柱廊のようで、その先、住宅地との間に「おたのしみとお買い物は皆様の土橋市場」と、看板が出ていました。
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 ただ、いかがわしい店が並んでいるかというと、どこか明るい感じで、カフェや雑貨屋、若い人が好みそうな飲み屋、女子高生が好きそうなたこ焼き屋さんなど、若い経営者たちが新しいまちづくりに取り組んでいる感じが伝わってきます。おしゃれなパン屋さんがあったので入ってみることにしました。目移りするほどに種類も豊富。いろいろ買ってみて、後で食べてみるとみんな美味でした。
 店の間の路地を抜けると、突然土橋八幡宮の境内に飛び出します。四隅を楠などの大木に守られた、ここはこれでもうひとつの異空間。拝殿の唐破風の中心にうさぎのレリーフの入った蟇股があって、月待信仰との関係が想像されました。境内では、地元の方々が年始の準備をされていました。
 
 旅に出る前の下調べにはひっかかってこなかったディープな空間「土橋市場」に偶然出会えた興奮を抑えながら、往還道路を戻るように福島八幡と文化池の南を回って、昼食にと狙っていた「ao cafe」に着きました。ここは、花街の検番だった建物を利用した、いわゆる「ふるカフェ」です。NHKの番組で取り上げられたこともあって、遠方からここを目的に来られる若い人も多いそうです。料理を注文して、スケッチを始めました。窓側に、若い女性の二人組ばかりが三組(スケッチの左枠外にもう一組増えました)、絵に描いたように並んで、おかしかった。こういう人たちが、もう少し街を歩いてくれたらと思いながら鉛筆を走らせ、運ばれてきた料理を描き入れてスケッチ終了です。

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 この後、ホテルにもどって荷物を受け取り、タクシーを呼んで羽犬塚駅へ。その車内で、タクシーの運転手さんと、八女はいいところだという事で話がはずみました。八女市にはもう一つ「黒木」という「重要伝統的建造物群保存地区」があり、今回見落としたところも含めて、再訪したいという思いを強くしました。
 14時52分発の普通列車に乗車して、16時5分熊本着。16時24分発の「さくら557号」で、17時11分に鹿児島中央駅に着きました。

 

12月30日
 鹿児島での初日の宿は、「鹿児島サンロイヤルホテル」。昭和48(1973)年に、与次郎ヶ浜の埋め立てによる開発の目玉として「鹿児島国際ホテル」としてスタートした伝統を誇ります。眼前の桜島に向けて、緩やかにカーブした13階建ての建築です。今回は、車椅子のことを考慮してもらって5階の514号室に宿泊しました。朝、部屋の窓から描いた桜島です。大規模なパチンコ屋などが増えてしまって、景観としてはちょっと残念です。この日は、お餅つきの一日でした。

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12月31日
 二泊目からは、宿を高見橋のそばの「ホテルタイセイアネックス」に移しました。朝、912号室の窓から、小雨降る鹿児島の街をスケッチしました。ビルの隙間に、左から右へと流れる甲突川が見え、すぐ川下が大久保利通像のある高見橋です。この日は、お墓参りの一日でした。

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1月1日
 新しい年を迎え、午前中は恒例の法事。午後、おせち料理の準備に大忙しの皆さんをしり目に、N家で長らく弾かれなくなったピアノを描きました。音を出す代わりに、絵や写真、お土産の品などの置き場所になって、家族の思い出を支えています。

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1月2日
 いよいよ帰る日です。荷物の整理をして、昼前には鹿児島中央駅に。12時4分発さくら404号で、博多駅に13時40分着。ホームからワンフロア下りたコンコース内のお弁当屋さんで昼飯を買い込み、14時10分発ののぞみ36号で一挙に東京を目指します。本州に入って、新山口が近づいてきたころ、右車窓に特徴的な山並みが見えてきました。すぐにウェストバックからスケッチブックを取り出して、一筆書きで稜線のシルエットを描き、続いて水平線を入れた後、広い道路を通過したのでその一瞬を写し取って描き込んだのがこのスケッチです。調べてみるとこの山は、標高284メートル、「火の山」というりっぱな名前がついていました。車窓の友がまたひとり増えた感じです。

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 18時ころからは、前方に今年最大のスーパームーンを一日過ぎた月が付き添ってくれるようになり、19時13分に東京駅着。日常に舞い戻ってきました。(スケッチ・写真・文;青山恭之)