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埼玉の建築スケッチMAP 青山恭之のブログ
コラムcolumn
大宰府~鹿児島への旅

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 去年は、7月と9月に鹿児島に行きましたが、今年は関係者のスケジュールが合いやすいということで、定番のお盆の時期に4泊5日の日程で行ってきました。往復新幹線利用でしたが、行きは乗り換えの博多で一泊して、大宰府訪問を割り込ませ、二日目に新八代から川内を「おれんじ食堂」に乗るというお楽しみをプラスしました。鹿児島でも、日々それぞれの夏を堪能して帰ってくるという5日間でした。最初のスケッチは、4日目に、かごしま水族館から描いた桜島です。

 

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 初日は早起きし、朝6時半東京発の「のぞみ」で博多に11時33分着。それでも、博多駅そばで親戚にお会いしたり、雨宿りをしたりしていて、大宰府の九州国立博物館に着いたのが4時頃になってしまいました。上の写真が、その外観。龍のモチーフだそうですが、ちょっとさっぱりした印象でしょうか。設計は、地元福岡は久留米出身の建築家菊竹清訓氏です。企画展も興味深かったのですが、時間の都合で、常設展をさっと見て回ることにしました。僕はてっきり国宝「金印」があるものと思っていたのですが、その本物は福岡市博物館にあるとのこと。それでもレプリカがあったので、その小ささと、まばゆい金の光を確認することができました。この日は天神まで戻って夕食をとり、博多駅そばのホテルで旅装を解きました。

 

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 次の日も早起きして、九州新幹線で新八代まで。ここで時間があったので、駅のそばの物産館でぶらぶら。駅に戻り、滋賀からやってきた親戚と合流し、10時過ぎ発の肥薩おれんじ鉄道の観光列車「おれんじ食堂」に乗り込みました。かつて、鹿児島に行く時には普通だった西に海を見ながらの鉄路ですが、九州新幹線ができてからは、時間に余裕のある時にしか乗れない特別な路線になってしまいました。そこで、その特別感にさらなる特別感を上乗せして考え出されたのがこの「おれんじ食堂」です。朝食から、ランチ・ディナーまで様々なパターンがあり、沿線の食材を使った月替わりのメニューと、停車先でいただけるお土産など、とってもスペシャル。たった二両の電車の限られた席を、滋賀の親戚ともども確保できたのも幸運でした。新八代から川内まで、新幹線なら30分のところを、4時間かけて行くなんて、今時の贅沢なのかもしれません。

 

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 たかが観光列車と思われがちですが、されど観光列車で、普通の汽車旅には無いサービスがちりばめられています。駅に停車すると、地元の人がホームでお店を開いていたり、お土産をいただけたり。この写真は、肥薩国境の「境橋」。明治になってかけられた石造のアーチ橋です。ここで停車して、この場所の歴史について解説がありました。肥薩おれんじ鉄道と言いながら、こういったコンセプトは、熊本?それとも鹿児島?どちらの方がイニシアチブをとっているのでしょうか。上りと下りでちがうのか?どちらにしたところで、この場所が旧両国にとって特別だからこそ、停車したのです。今まで何度もここを通りながら、特急でも鈍行でも、気を付けて見ようとしても通り過ぎてしまったこの橋を、今回初めてしっかり写真に収めることができました。

 

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 乗っている電車の写真は撮れないので、少し前の写真を引っ張り出してきました。2015年の9月、出水の武家屋敷群を訪ねた時、出水駅と武家屋敷群の間を行ったり来たりした米ノ津川にかかる橋から、二両編成のおれんじ食堂を撮ったものです。この時は、「いつかは乗れるかなあ」くらいに考えていたのが、意外と早く実現したことになります。今回のスペシャルランチは、出水まではちょっとしたおつまみとドリンクの提供で、出水に停車中に食材を積み込み、ここからコース料理になりました。

 

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 阿久根駅にも停車し、ここでは新たに三戸岡さんらによってデザインされた駅舎も見学することができました。阿久根からは東シナ海に面して走り、甑島は残念ながら見えませんでしたが、雄大な景観のなかを移動しながら、おいしいものを堪能させていただきました。上の写真の後停車した薩摩高城駅では、おれんじ鉄道や地元の方々が駅から海岸へ遊歩道を整備。乗客はみんな降りて、往復15分ほどのプチ散歩を楽しみました。ただの無人駅が、観光スポットに変身したのです。車椅子の僕も、誰もいないホームで、海からの風を感じて過ごしました。
 そして、14時半前に川内着。「旅はゆっくりがいい」と言っておきながら、身勝手な現代の旅人は川内から新幹線で、あっという間に鹿児島中央駅に滑り込みました。この日の夕食の予約がしてあったために、川内から鈍行でという訳にはいかなかったのです。新幹線が使えるので、ゆっくりした電車の旅ができるという、変な話ではあります。

 

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 この日、夕食の席が用意されていたのは、マナーハウス島津重富荘の敷地内にある「カフェ・ド・マリーエ」というラウンジです。重富荘とは、重富島津家の島津久光の別荘で、そこが結婚式場・レストランなどとして活用されているのです。僕は、初めてでした。この写真の中央奥に見えているのが、旧館。左下に見えている赤い欄干の橋を渡った高台に造られた新しい建物が、「カフェ・ド・マリーエ」です。

 

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 錦江湾に向けた大きなガラスの開口から、目の前に桜島を望むことができます。僕らが案内されたのは、人数が多かった関係で窓からはやや離れた席でしたが、だんだんと夕やみに沈んでいく桜島を望みながら、落ち着いた時間を楽しむことができました。

 一夜明けた鹿児島は、真夏の青空でした。目を開けていられないくらい強い日差しと、これでもかと降ってくるクマゼミの大合唱。この音響は、関東地方にはないものです。この夏のてっぺんを感じました。

 

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 この日の夜も、スペシャルでした。鹿児島港と桜島を結ぶ桜島フェリーの、8月限定観光納涼船に乗ったのです。桜島フェリーは、鹿児島市民の足として、鹿児島市が24時間営業で運営しているインフラです。その日常の船が、まるごと非日常のお祭り船に変わる宴。さらに今年は納涼船運航40周年というスペシャルイヤーなのです。
 我々は4階の洋上ビアガーデンの席を前もって予約済み。出港時間に余裕をもってフェリーターミナルに来てみると、いつもがらんとした待合スペースに大勢の人々が列をつくっていたのに驚きました。そして、どのグループも大きなクーラーボックスや、食材の詰まった袋を持参しています。案内に従って我々はその列には並ばず、予約の確認を簡単に済ませて乗船したのですが、その途中であの列を作っていた人々の意味が解りました。その人たちは、乗船券1000円で、いつもは自動車が積まれている二層分のフロアに畳のようなクッションを敷いて、列に並んで場所を取り、いわゆるお花見スタイルの持ち込み宴会組だったのです。上の写真は、まだ出港前、僕らが4階へ向かっている途中で撮影した2階の様子。すでに皆さん飲み始めていらっしゃいます。この人口密度で納涼といえるかと思いますが、沖に出れば、海風が心地よいのでしょう。それにしてもこの光景には感銘を受けました。お盆で集まった親族や友人と、洋上に出でて車座の宴会、これが鹿児島の夏なのだと・・・。

 

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 それに比べたら、4階はゆったり。黒豚バーベキューのセットに飲み放題・乗船券付き4600円はリーズナブルです。ただ、3階でやっているライブの音が大きくて、優雅な会食という場ではありませんでした。でも、船が動いていくので、時間的に変化する桜島の色合いや、反対側には鹿児島市街地の夜景が展開するなど、空間がうつろって、飽きることはありませんでした。花火も楽しみ、終わりの時間が近づいて、隣のテーブルのおじいさんがどうも焼酎を飲みすぎて体調をくずし、船が高速運転で港に戻るあたりも鹿児島らしさを感じるクルーズでした。

 

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 次の日も真夏の暑さ。涼を求めて、水族館に行きました。着いてみると、みんな考えることは同じで、特に親子連れでいっぱいでした。イルカのショーも大変な混雑でしたが、車椅子用の席が用意されていて、ありがたく利用させていただきました。上の写真は、この水族館最大の水槽。皆さんのお目当てはジンベイザメのユウユウですが、この7代目のユウユウは、8月17日に、この水族館を出て、準備期間を経て海に帰ると掲示されていました。今頃、南の海へと泳いでいるのかもしれません。ユウユウの記事は、こちらを参照下さい。
 昼も、水族館の食堂でいただき、20年ぶりくらいで、最上階の展望室にも足を伸ばしました。正面に桜島を望む大きな開口。ここに立つと、この水族館が、桜島に向けて設計されていることがよくわかります。単に水族館を設計したのではなく、錦江湾をめぐるジオパークとしての生態系を展示することも超えて、大都市鹿児島と桜島という象徴的存在との空間的関係の中にこの水族館を描いているのです。設計者については存じ上げないのですが、鹿児島という都市への思い、そこから水族館の設計に向かった志の高さを感じ、敬意を表します。そこからのスケッチが、冒頭に掲げたものです。3日間、天気にも恵まれて、毎日ちがった桜島に向き合うことができました。


 この日は、最後の夜です。ようやく全員集合となって、向こうの実家でゆっくり過ごしました。

 

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 さて、最終日。新幹線で昼過ぎに鹿児島中央駅発で、博多で乗り換え、そこではお土産など買う程度で、さらに東を目指します。上の写真は、いつも左車窓で気になっている東広島あたりの家々です。赤い釉のかかった瓦屋根のりっぱな家が多く、この地方のヴァナキュラーを感じます。そして、夕方の19時半には東京着。20時過ぎには浦和に戻ってきました。短い旅でしたが、九州・鹿児島の魅力をさらに深く感じて、リフレッシュできました。(文・スケッチ・写真;青山恭之)