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埼玉の建築スケッチMAP 青山恭之のブログ
コラムcolumn
熱海、34年を飛び越えて

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 前回のコラムで紹介した焼津の帰りに、熱海に一泊しました。これは、毎年恒例の3月の旅行が一月ずれて実現したものです。泊ったのは、KKRホテル熱海のコテージ。海に面した丘の中腹にあるホテルの敷地内に、平屋の離れが三棟並んで建っていて、そのうち中央のBという建物です。地下に半露天の風呂が付属したオーシャンビューのスイートルームで、しっかりしたキッチンもあります。キッチンから、テラス越しに海を見ているのが最初の写真です。画面右奥の水平線上に初島、左にはほころび始めた桜が写っています。ホテルのサイトにあった平面図を下に載せておきます。ゆったりした一夜を過ごすことができました。

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 熱海というと、建築のジャンルで有名なのはブルーノ・タウト設計の「旧日向別邸」でしょう。昭和11年に、日向別邸の地下の離れとして建てられ、重要文化財の指定も受けています。今回宿泊したコテージは、その建築のほぼ真下に位置しているのです。グーグル・アースの画像を載せておきます。

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 その「旧日向別邸」には、1983年ですから今から34年前に訪れています。当時はある企業の持ち物で、見学は難しかったのですが、大学院の長谷川堯先生の授業がらみで見せて頂いたように記憶しています。その時の写真を紹介しましょう。

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 これは、地上部分の庭園です。瓦を頂いた塀の向こうに海がひろがっています。崖の中腹のような環境のなかでこの水平の広がりを得るために、鉄筋コンクリート造の人口地盤が造られ、その下の空間が、タウトに与えられた「敷地」となったという経緯があります。ちなみに、地上部分の別邸の母屋部分(木造二階建て)は、渡辺仁の設計です。

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 地下への長い直階段を下り、さらに数段の周り階段を下りて地下レベルに到達する部分です。竹を使った手すりなど、日本の素材を表現主義的に用いています。

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 地下部分は3室からなり、これは地下に降りてすぐ、いちばん東に位置する第一室です。天井から吊るされている照明の列が波を打っていて、タウト独自のテイストが感じられます。

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 これが中央の第二室。色彩の建築家とも称されるタウトならではの赤が印象的です。山側に階段が設けられて、いろいろな高さから海を眺めるという趣向のようです。和と洋が自然と混じりあったデザイン。

 

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 地下部分、第二室の窓からカメラを持った腕を伸ばして、第一室の方を「自撮り」風に危なっかしく撮ったものです。右に写っている樹林の下に、KKRホテルのコテージが建てられたということになります。

 

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 第二室から一段上がり、地下部分の突き当りを構成する畳敷きの第三室です。第二室同様の階段の構成で、上段の間的な扱いです。ここは最も和のデザインに忠実と言えるでしょう。このように、規模としては小さな、いわゆるインテリアデザインの作品ですが、当時の世界的建築家だったタウトが唯一日本に残した建築として、また彼の日本建築へのオマージュとして、大変貴重な遺産だと思います。

 
 34年前の熱海訪問からもう二軒紹介します。

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 岩崎小彌太の別荘として建てられた「陽和洞岩崎別荘」です。現在は非公開となっていますが、当時、庭までということで入らせていただきました。丘の上の広大な敷地に、分厚い緑に囲まれて別世界を形成しています。熱海駅を出て東に向かう新幹線がまず突入するトンネルは、このお宅の敷地の一部をくぐっているものです。

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 これは、野村塵外荘。野村証券の創業者野村徳七の、昭和14年に建てられた別荘です。海沿いの道路から、崖をひとつ登ったエッジに立地するので、ここからの眺めはさぞかしのものでしょう。山側からのアプローチ道路は石畳で、昭和の熱海の雰囲気を色濃く残しています。

 
 34年経って変化もありますが、熱海は独特の雰囲気をもった街であり続けていると言えるのではないでしょうか。(文・写真;青山恭之)