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埼玉の建築スケッチMAP 青山恭之のブログ
コラムcolumn
勝沼・小淵沢・清里を結んで

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 7月の終わりに、「埼玉県街づくり懇話会」の研修で、山梨方面に一泊の旅をしてきました。勝沼・小淵沢と電車を乗り継ぎ、さらに車で来たメンバーと合流して、会員の一人が持つ清里のコテージに泊まるという旅でした。上の写真は、今回最も楽しみにしていた、勝沼の「大善寺薬師堂」。檜皮葺の美しい屋根を持つ、鎌倉時代に建てられた五間四方の国宝建造物です。関東で最古の木造建築物とされ、中央高速の車窓からも茶色い屋根が確認でき、以前からぜひ訪れたいと思っていました。

 

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 JRの「勝沼ぶどう郷」駅から、徒歩で大善寺に向かいました。写真は、駅のホームから撮ったもので、一面がぶどう畑。ぶどうの海原に、家々が浮かんでいるようです。かつてはこのあたりに、甲斐の民家特有の「突き上げ屋根」が散見できましたが、めっきり減ってしまいました。ぶどう畑は、品種ごろに区画を分けて栽培され、急斜面では、運搬用の小型ケーブルカーのレールが敷設されていました。大善寺の縁起によると、奈良時代にこのあたりを訪れた僧行基の夢にぶどうを持った薬師如来が現れ、行基はぶどうを持った薬師像をまつって寺を起こし、薬としてぶどうの栽培を勧め、そのために、ここがぶどうの里になったそうです。

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 これは、大善寺薬師堂の立面・平面・部分をスケッチしたものです。内部空間は、礼拝のための外陣(下陣)と聖域である内陣に別れ、その面積比は、2:3です。内陣の中央に秘仏の薬師三尊(重要文化財)をおさめた厨子(国宝)が鎮座し、その左右を脇侍仏がかため、背後には来迎壁があります。幸い、内陣にまで入ることができ、来迎壁の後ろも一回りしてみました。すると、厨子の背後が一部来迎壁からはみ出ていて、厨子は建物と一体として造られたことがわかります。そのあたりも大変興味深く、木組みや軒も美しく、素晴らしい建築でした。

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 駅に戻り、電車で小淵沢下車。2013年に一度来ている「旧平田家住宅」を再訪です。江戸中期とみられる貴重な民家で、面積の6割を土間が占め、その土間の中に一間ごとの柱列があります。このパノラマは、その土間の模様で、写真の右には奥行き二間分の馬屋が続きます。床上部との間にも柱が一間ごとに立ち、古い様式とされています。

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 その場で描いた断面図です。土間の柱列がみていただけると思います。また、屋根の軒(前面、このスケッチでは左)が非常に低く吹き降ろされているのがわかります。川崎の日本民家園にある塩山の民家、「旧広瀬家住宅」を思い出しました。2005年に描いたスケッチを下に載せておきます。民家に風土性があるということが実感できます。(このスケッチでは、右が前面)
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 清里の、会員H氏のコテージで一夜を過ごし、朝、清泉寮まで車で登りました。空気の透明度が高く、素晴らしいパノラマが広がっていました。左奥に富士山。右は南アルプスで、右端が甲斐駒ケ岳で、その左にピラミダルな頂きを持ち上げているのが北岳です。

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 朝食は、萌木の村のメリーゴーラウンドカフェでいただきました。そのとき、コーヒーカップに描かれていたメリーゴーラウンドのデザインがかわいくて、スケッチしました。

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 今度は、清泉寮のキープファームから東側の山々です。左の草色のこんもりした頂は飯盛山、右奥は金峰山。てっぺんに五丈岩というとんがりが見えます。金峰の裏側には秩父の山並みが控えているという距離感です。

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 キープファームの駐車場わきの木のてっぺんで、ホオジロが元気にさえずっていました。高原の風に負けないように、口を大きく開けて頑張っている様子が撮れました。短いながら、山の空気に癒された旅でした。(平田家の断面図以外の画像は、クリックで拡大されます。 スケッチ・写真・文;青山恭之)