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埼玉の建築スケッチMAP 青山恭之のブログ
コラムcolumn
美術と街めぐり・浦和

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 3月中旬から下旬にかけて、浦和で展開された「美術と街めぐり・浦和」(旧中山道文化資源再生プロジェクト)は、2013年から毎年うらわ美術館で行われてきた「どこかでお会いしましたね」という展覧会にいくつかのアートイベントが組み合わされた企画です。「どこかでお会いしましたね」展は、昨年から街のなかの会場にも作品が展示されるようになり、特に今年はうらわ美術館の他に、旧中山道を巡る町中の10会場に15人の作家が作品を展示する形態に進化しました。さらに、街中の作品やもともとある彫刻や建築などを歩いて巡る「ガイドツアー」や、学校に作家を派遣するワークショップ「羊の衣は姿を変えて」、さらに「意見交換会」などのイベントが開かれて、浦和の街とアートの関係を問い直す機会となりました。僕は、3月18日から20日まで3回行われたガイドツアーと地図づくりを担当しました。
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 今月のコラムでは、そのうちの街中展の会場になった我家での、4人の作家による作品を紹介します。最初の写真は、我家の北側のファサードです。青いバナーが「どこかでお会いしましたね」のサイン。道際のヤマボウシの足元に、ポスターと我家の中の配置図、今回の全体のチラシや地図などを並べました。駅から来た時にアイストップになるフェンスに松丸真江さん、自転車置き場のなかに橋本直明さん、中庭に向き合ったガラス面に田神光季さん、庭の奥から南の畑に本多真理子さんの作品が、3月14日から21日まで展示されました。ガイドツアーの参加者や、地図を片手に会場を巡った人たち、さらに偶然通りかかった人も含め、多くの方々に見ていただくことができました。

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 まず道路から目に入るのが松丸真江さんの作品です。フェンスを構成するファイバーグレーチングの、縦25㎜×横100㎜の長方形パターンと、その5㎜の幅にまで徹底的にこだわっています。通常の絵画は、全体のキャンバスの大きさによって成り立っていますが、この作品は全体より部分の大きさが支配的なのです。それも、色使いが鮮やかで、美しい。
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 5枚のパネルがそれぞれ別の表現になっていて、長方形パターンと無関係に色が載せられているところも、レリーフのようにパターンが潜んでいます。右から2番目のパネルは、横のバーにのみ色がのせられていて、奥にある、彼女の絵画を縦に積んだオブジェが透けて見えるのです。平面作品のようですが、奥行きを持っていて、かつ、この建築の街路との関係(都市的環境)を見事に読み込んだ作品になっています。

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 道路から敷地に入って右側には、自転車置き場に設置された、橋本直明さんのTHE NAME OF THE GAME 「FOOT BALL!」という作品が迎えます。天井付近にモーターが設置され、そこから吊るされたサッカーボール(ビーチボール)がゆっくり回転します。そこに、レンズの直前に小さい穴の開いた板がおかれ、映写角が狭められたプロジェクターから、浦和レッズの試合の動画が投影されています。写真中央におかれた赤白黒の三色旗のパネルには、赤・白・黒の三色旗に選手のサインのような模様が描かれています。その後ろのデジタルフォトフレームにもレッズの試合の会場の様子の動画が流れて、左端に見えるスピーカーからは、微かに「オーレ、オレ、オレー・・・」と歌が流れています。それらが、我家の自転車などの雑然とした日常に紛れ込むように展開されています。
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 彼の説明文には、浦和の街では、生活のなかにサッカーが入り込んでいるのを感じて、それをひとつのフォルムの中に落とし込んで作品にしたとありました。光・動き・音があるので、気が付くとそこに一つの世界が表現されています。特に、やや暗くなり始めたころが、作品のおもしろさがよく伝わってきました。

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 敷地の奥に進んで中庭の中央付近には、田神光季さんの「Colony -urawa-」という作品が展開されました。まず左の大きなガラス面に、丸い形の地図のようなドローイングが貼りつけられています。これは浦和の街の地図を基にしたもので、今回の展覧会の地域的な側面を暗示するようでもあります。彼女が下見に来た時の打合せでは、一間四方のガラス一枚を使うと言っていましたが、実際にはサッシの枠を超えて、四枚のガラスにまたがる大きな円が、ちょうど視線の高さが中心になるように配置されました。浦和というコロニーの上を飛んでいるようでもあり、円は地球のイメージに繋がります。
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 さらに先に進んだ右側のガラス面には、正方形の薄いアルミに描かれたドローイングが3×4で12枚、ガラス面から浮き上がって整列しています。よく見ると右下の四枚が皇居で、右が北の東京の地図であることがわかってきます。実際の地図と見比べてわかったのは、もともと一枚の地図が、12枚に分断されて等間隔で離されて配置されていること。それぞれの地図は浮いていることで高さ方向のボリュームがあるように見え、するとその間の空間が、街路のようにも見えてきます。
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 それと相対したサッシの内側の足元に、小さなシャーレが置かれ、その中に白い豆が・・・。よく見るとその豆の表面にも地図が描かれています。この写真は、東京都の地図の作品との位置関係がわかるように室内側から、サッシを開け放って撮影しました。建築によって構成された中庭という空間を使って、壮大なスケールをイメージさせてくれました。以下、青い字は彼女の言葉です。

  マクロ(街)は私たちよりはるかに大きな質量をもつものである。
  ミクロ(細胞)は私たちを構成している一部である。
  が、それは私たちがそう思っているに過ぎず、実はとても近く
  似つかわしい存在なのかもしれない。

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 田神さんの作品に挟まれた庭の突き当りに、宙に浮いたTシャツが見えます。これが本多真理子さんの作品の一部で、上部に見える梁から、南側の畑の上部に架けられた赤い糸から「干されて」います。でも、作品全体を見るには、南側の畑の向こうの路地にまわっていく必要があります。

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 これが、南側の路地からの本多作品の全景です。彼女のおハコである赤い糸が、建築の軸線を強調するように張られ、金属の杭で支持されて、糸の端はペグによって地面に固定されています。そこに逆遠近法のように、遠くになるほど大きくなる白いTシャツが吊るされ、シャツの胸には、赤い毛糸玉がひとつ・ふたつ・みっつと数を増やしてプリントされています。
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 これは、軸線上から見た写真。僕がこの建築を設計した時、東西の高い建物に挟まれた谷間に、さらに谷間を形成するように細長い中庭をイメージしたのですが、彼女は見事にその中庭の軸線の延長を示してくれました。それも、現在は畑として使っている日常の空間の上に、洗濯ものを干すという日常をややコミカルに変形させてふわりと浮かせるかたちで・・・。脱帽です。

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 今回の4人の作品は、それぞれが個性的で、ひと続きの我家の空間に展示したのにもかかわらず、それぞれの場所の特性(微地形とでもいえるような・・・)を生かした表現になっていました。サイトスペシフィック・アート(場所に特化したアート)という言い方がありますが、まさにこのようなものを指すといえましょう。それも、ただ単なる自然環境というより、都市環境のなかでの建築の表現があり、その生成する場と呼応するかたちで成立するアートのありかたが示されていました。中庭を、家族の共有のスペースという意味を超えて、都市的な場にしたいと思っていたことが、実現したような気になりました。(画像は、クリックで拡大されます 写真・文;青山恭之)