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埼玉の建築スケッチMAP 青山恭之のブログ
コラムcolumn
2005夏の旅

00-20050831

 今年の夏の旅は、全行程9日間。前半が鹿児島への帰省で、後半は「愛・地球博」と知多半島めぐりなど。前半・後半でそれぞれ一枚ずつしか絵が描けなかったほど慌しい旅でした。簡単な日記を用意しました。

 

8月10日

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 昼前の飛行機で羽田を発ち、鹿児島へ。旅立ちまでの忙しさにウトウトしているうちに、右の窓に高知が見えてきました。98年に初めて訪れて以来、足が遠のいてしまっています。その時ににホームステイをした窪川町が、ちょうど画面の中央に写っています。もうしばらくすると、機が高度を落とし始めるあたりです。

 

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「鹿児島の家」の西側外観です。「鹿児島の家」は、初めて設計した住宅で、当時、周囲を建物にギッチリ囲まれてしまっていて、北側(写真で左に見えている)しか人目につかなかったのですが、西側の2軒が無くなって駐車場になり、初めて全景が顕わになりました。見せるはずではなかった裏側が通りに面してしまったのです。都市の変化のめまぐるしさは、鹿児島でも同じです。平屋や二階建ての住宅が多かったこのあたりも、次々に建て代わって、マンションか駐車場になってしまいます。

 

8月11日

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 この日は、一日中プールで泳ぎました。南国の日光の強さは去年も体験して身にしみていたはずなのに、気が付いてみると、全身が火傷状態。楽しみにしていた温泉も、ぬるめの湯にしか入ることができず、その後の旅を通じて皮膚がぺらぺら剥け、さんざんでした。日光が強いということは月もきれいで、思わず撮ってしまったのがこの写真です。この旅では、毎日少しずつ太っていく月を、行く先々で眺めることができました。

 

8月12日

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 午後、鹿児島市を南へと離れ、薩摩半島の尾根上にあるホテルからの桜島です。そのホテルの露天風呂は絶景で、錦江湾のパノラマのひろがりのなかに、桜島を眺めることができるのです。この絵は、風呂場の脱衣場に続く休憩室から描きました。その後、太陽がさらに低くなった時間帯に、隣接するビアガーデンから望遠で撮ったのが下の写真です。

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8月13日

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 鹿児島市内に唐湊(とそ)という墓地があり、お盆はそこへお墓参りに行くのが恒例です。丘の上で、日陰の全く無いその墓地で汗だくになった後は、となりの「新とそ温泉」にいくのも恒例になってしまいました。昨日のホテルからも絶景でしたが、この温泉からは桜島を正面に近く望めて、迫力満点です。鹿児島大学の緑と、手前にはJRの工場が見えています。

 

8月14日

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 今日は移動日。昼過ぎに九州新幹線「つばめ」で鹿児島中央駅を発ち、新八代で「リレーつばめ」に乗り換えて熊本下車。この写真は熊本駅構内の車庫です。レンガ造のりっぱな建物に連続する木造部分が、壊されるのか改修されるのか、足場がかけられていました。駅のコンビニで食料を仕入れて、午後四時、始発の寝台特急「はやぶさ」号で名古屋を目指します。下の写真は、門司駅で関門トンネル用の機関車に付換えるための停車時間に、北側に見えるレンガの建物です。夕焼けの中に消え入っていくようでした。

 

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8月15日

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 早朝5時過ぎに名古屋で寝台を降り、地下鉄とリニモを乗り継いで、万博北ゲートヘ。お盆休み中という最悪の条件でしたが、入場後真っ先に「トヨタ館」に走り、めでたく人気の当館を楽しむ事ができました。展示・説明というより全くのショウに徹した演出に驚くと同時に、愛知での博覧会にこの企業がそそいだエネルギーはただものではないと思いました。建物は、導入部の芝生をのせてうねる軽快な屋根と、鈍重になりがちなヴォリュームを細かなフレームで構成した本体との対比がおもしろかった。暑さ対策で庇から吊るされたすだれも、建築の全体構成の中に違和感なく溶け込んで見えました。

 

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 35年前の大阪万博は、各パビリオンの建築がそれぞれ個性的だったことが強く印象に残り、僕が建築を志すことのきっかけのひとつになったのは、まちがいないと思っています。今回の地球博は、環境がテーマということで、建築のデザインそのものは、全体的に一歩も二歩もひかえている感がありますが、このズペイン館はとびきり目をひいていました。表層のデザインではありますが・・・

瀬戸会場の往復に時間がかかり、これから3泊お世話になるSさんのお宅には夜おそく着。昨日からの移動と、万博会場の独特の興奮で、疲労はピークに達していました。

 

8月16日
 Sさんのお宅ですっかりくつろぎ、夜も深い睡眠がとれて、朝には疲労もどこへやら。Sさんのご主人のお休みが今日までだったので、車で知多半島を案内していただくことに。まずは常滑へ。一時間ほどの散策ルートを歩きました。焼き物工場やギャラリーなどが、丘を上下しながら細かくうねる道にそって続き、いわゆるヒューマンスケールの街路空間を楽しむことができました。羽目板をコールタールで黒く塗り、焼き物を基礎に使った建物、傾斜にそった登り窯などが印象的でした。さらに景観を特徴づけていたのは、下の写真にある、レンガ造りの塔の群でした。地震対策から、高さを途中で切ってしまったり、数はずいぶん減ってしまったそうですが、イタリア中世の家門塔を思わせるものでした。(写真は、左右2枚を繋いであります)
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 続いて半田を訪ねました。元カブトビールの工場だった赤レンガの建物(明治31年)や、旧中埜家住宅(明治44年、重文)など、興味深い建物に出会いましたが、圧巻だったのは、下の写真、ミツカン酢の工場です。黒塗りの工場・倉庫群が運河に面して両側にズラリとならんでいるのです。この写真は片側をパノラマ撮影したもので、反対側にも同様な景観が展開しています。

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 遅い昼食の後は坂井海水浴場へ。僕は、泳ぐのは程ほどにして、伊勢湾ごしに眺める中部国際空港「セントレア」を描きました。

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 夕方は知多半島の先端までドライブ。野間灯台(大正10年)に立ち寄り、道の果てる羽豆(はず)岬では展望台に登って、三河湾から伊良湖岬、伊勢湾から志摩半島まで広がるパノラマを楽しみました。下の写真は、渥美半島の上に浮かんできた月です。

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8月17日
 早朝にSさん宅を出て、今日は長久手日本館が目当てなので西ゲートへ。15日に比べればややすいていたのと、身体が万博慣れしてきていて、スムーズに日本館の予約をゲット。開場直後だったので並ばずに「大地の塔」に入れて、撮ったのがこの写真です。この塔は全体が大きな万華鏡になっているのです。縦位置で撮った4枚の写真を左右にパノラマ合成しているのですが、スケールが伝わらないのが残念・・・

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 外国パビリオンをいくつか巡り、午後に日本館に入場しました。展示もそこそこおもしろかったのですが、なんと言っても360度全天球型映像は感動ものでした。もう少しスピードを落として、もう少し長い時間見ていたかった・・・。大きなホール(下の写真)も、森林の香りや霧の演出など、外の暑さを考えると、いつまでも留まっていたくなる空間でした。自然光を入れる工夫があってもいいとは思いましたが。

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その後、JR東海のパビリオンなどいくつか見ていくうちにすっかり夜になってしまい、もっといろいろ見たいという気持ちと、2日間でよかったという気持ちを残して、シャトルバスに乗り込みました。

 

8月18日
 旅の最終日。渥美半島に船で渡って、豊橋回りで帰る案もあったのですが、ゆっくり、名古屋で寄り道程度で帰ることにし、午前中はSさん宅でくつろぎました。昼に出発し、名古屋港水族館をめざしました。着いて見るとけっこう広く、見所も盛りだくさんで、ゆっくり見てまわるどころではないということが解り、要所・要所を見て、昼食もとらずに、イルカのショウだけは楽しみました。下の写真にあるメイン・プールはまるでスタジアムといった広さで、大スクリーンには水中のカメラの映像も映り、イルカがどんなふうにジャンプするのか解るようになっています。


 名古屋に戻り、「のぞみ」に乗り込んで、駅弁で「いただきます!」。車窓には満月に近づいた月が美しく映えていました。旅を通じて見守ってくれたお月さんでした。

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(スケッチ・写真・文;青山恭之)