• 設計への思い
  • バックナンバー
  • 作品集
  • わたしたちのこと
  • 事務所紹介
  • 発表した文章
  • 関連サイト等
  • お知らせ
  • お問い合わせ
埼玉の建築スケッチMAP 青山恭之のブログ
コラムcolumn
美術と街巡り・浦和 2018

 2018年3月

01

 今年も、「美術と街巡り・浦和」が開催されました。この催しも3年目を迎え、メインの展示会場がうらわ美術館から埼玉会館に変更になり、プログラムが増え、街中展の会場・参加者も増えて、バージョンアップの年でした。僕個人としては、表向きは引き続き実行委員会の代表を務めていますが、自宅の中庭を街中展の展示会場として提供するのが中心だったのに対し、今年は「浦和宿たてもの応援団」として「浦和宿たてもの40」の展示を担当しました。さらに、埼玉会館での催しの発案に関わることで、かねてより考えてきたことが一歩踏み出せた気がしています。
 その全体をここで総括するのは荷が重いし、僕がすべてのプログラム・展示作品を体験したわけではないのですが、大きく、プログラムごとに僕の視点で書いておきたいと思います。

 

1 展覧会プログラム

■ 「どこかでお会いしましたね2018」埼玉会館展 埼玉会館第3展示室
02
 「どこかでお会いしましたね展」は、2013年3月、浦和の彫刻家細野稔人氏の傘寿をきっかけに、浦和・さいたま市近辺の年齢やジャンルを超えた美術家たち(さいたま市の美術家をつなげる会)が始めた展覧会です。今回は25人の作家が、展示を行いました。
 この展示室は、大ホールのホワイエの下にあたっているので、荒々しい打ち放しの柱が4本建っているのですが、面積的には十分な広さで、床置きの彫刻作品も余裕をもって展示することができました。うらわ美術館が閉じたホワイトキューブなのに比べ、ロビーの空間への連続や床の高低差もあって、堅苦しくない自由な空間。長時間いても疲れない、前川の空間の魅力を改めて認識することができました。
 会期中のイベントとして、3月10・11の両日、参加作家全員ではないのですが、2日で10人ずつの作家からコメントと意見交換が行われ、オーディエンスも多く、興味深い話が聞けました。

■「どこかでお会いしましたね2018」街中展
 これについては、後述します。

■「公共空間と美術 ― 埼玉会館エスプラナード展」
180309
 上の写真は、田中千鶴子・高草木裕子・望月勤・山本鐘互の四氏の作品が展開されたエスプラナードです。3月3日の「オープニング・トーク」終了後に、2階のラウンジから小ホールの屋上部分に出て撮影したものです。県庁通り側正面の入り口前には、多田美波氏の「珠」というステンレス作品が置かれていますが、エスプラナード全体をアートが彩るということはなかったのではないでしょうか。田中作品は、さくらそう通りからの人の視線をエスプラネードにいざなうように仕掛けられていたり、高草木作品は、前川の照明オブジェをそのまま作品の舞台として拝借したり、望月さんの野獣は固い広場を草原に見立てたり、また山本作品は、あくまでも繊細に前川の強い壁にもたれかかるようだったり、それぞれが建築との関係を大事な要素として取り入れていて興味深いものでした。

03
 エスプラナーと展との関連イベントが二つ。3月3日の「オープニング・トーク」では、前記した4人の作家と、美術の分野から藤井匡造形大准教授、建築からは渡邉研司東海大学教授に登壇いただいて、それぞれのプレゼンテーションと、山海館長が司会を担当したシンポジウムが行われました。写真は、終了時のあいさつの様子です。
 藤井氏は、著書「公共空間の美術」を下敷きに、都市空間と野外彫刻の展示との関係から話を進められました。前川の建築は階段や壁による視線の誘導など、見る人の身体性に関わって空間を変質させる特質があると説かれました。

04
 また、渡邉氏は、1950年代のブリティッシュアートとの関係を紹介。前川はロンドンのロイヤルフェスティバルホールを見ているに違いないと語り、神奈川県立音楽堂のホワイエ空間にその影響がみられることを示されました。また、上のストリート・ヴューで示したアリソン&ピーター・スミッソンのエコノミストビルディング(London,1959~65)の広場と埼玉会館のエスプラナードの類似性を指摘されました。街路から持ち上げられ、複数の建物のボリュームによってゆるやかに囲まれた公共空間ということで、まさに、埼玉会館と共通のコンセプトが感じられます。

05
 もうひとつは、9日に行われた「ラウンジ・トーク」です。これは、埼玉会館の並びで電気屋さんを営む新藤実さん(写真;右)から、浦和の街のかつての姿についてお話を聞き出そうという試みです。聞き手は建築家の齊藤祐子さん(写真;左)。旧埼玉会館は、新藤さんの子ども時代、とてもいい遊び場だったようです。浦和と某有名人との秘話(?)も、飛び出しました。
 このトークの前後では、「キャットピープルズ」というサックスと三味線による演奏も披露されて、会場は、レトロな雰囲気に包まれました。
 その後、近くの教育会館にて、関係者が一堂に会する「オープニング・パーティー」が開かれました。

■ ギャラリーセレクション
 中山道に面する三か所の画廊、柳沢画廊・ギャラリー彩光舎・ギャラリー楽風が、それぞれの推薦する作家による展示を行いました。残念ながら、僕は一か所も見に行くことができませんでした。


2 街歩きプログラム
■ ガイド・ツアー
06
 3月10・11日と二日にわたり、街中の23か所に展開した作品や、中山道沿いに残る古い建物などを巡るツアーです。僕は2016年にこれを担当しましたが、足を悪くしてしまって、現在は若林さん高松さんにお任せしてあります。事前申し込み制で、各回先着2名。我が家には11日の昼前に一行が到着しました。上の写真は、中庭の太田隆幸氏の作品を見学中の一行を、二階からパノラマで撮ったものです。

■ 街をかざる
07
 昨年、高砂小学校に美術家林舞衣子氏を派遣して、5年生を対象にウレタンマットを使った作品群を作って学校の西側のフェンスに展示するというプルグラムを行いましたが、その子どもたちが今年もやりたいと、地域の特徴を絵にして同じく西側のフェンスに展示しました。これには、一昨年の美術家派遣プログラムで参加した本太中学校の美術部もジョイントして、小学生たちの絵の下地になる地図を制作してくれました。写真は、ガイド・ツアーの皆さんに作品を説明する子どもたちです。

■ 浦和宿たてもの40
08
 これが、我々「浦和宿たてもの応援団」による展示で、埼玉会館の展示室に降りていく階段の正面に掲げられました。中央の航空写真による地図(縮尺約1:1000)とレイアウトを僕が担当、その周りのスケッチは、磯崎正幸・齊藤祐子・青山恭之によるもので、二枚以外は原画を展示することができました。この展示は、去年は「たてもの30」として、三か所を巡回展示しましたが、これだけ大きな壁面をいただけたので迫力ある展示になったと思います。今回、この展示を加えることができて、「美術と街巡り・浦和」の副題である、「旧中山道文化資源再生プロジェクト」という内容を深められたのではないでしょうか。
10
 11日のガイド・ツアーの最後には、この展示の前で、浦和の街のことについて簡単に説明する機会もいただけました。また、40の建物を配した地図と説明をA3両面で作成して配布したので、ガイド・ツアーに参加できなかった方々にも、各自で歩いてもらう一助になったのでは。


3 事業推進プログラム
■ 市民レポーターの活動
 これは2016の時から始まったユニークな取り組みで、公募した市民レポーターが展覧会場・街中に出向いて、各自の言葉でレポートを発表するというものです。今年バージョンアップしたのは、取材の前に「勉強」をしてもらったことです。県立近代美術館の学芸員の方に現代美術について、また、埼玉新聞の編集者に、取材や記事の書き方についてレクチャーを受けていただいたのです。その発表会が10日に市民会館うらわで行われ、参加してきました。中学生から主婦、リタイアしたおじさんまで様々な方々が、普段あまり接していない美術作品について、自分の生活の舞台である街との関係を含めて語っていただきました。中学生の方が、「美術は人と人をつなぐ」とまとめたのには会場全体がうなってしまい、「100点!」という声までかかりました。
09
 上の写真は、市民レポーターのおひとりが撮影した、「たてもの40」に見入る方々のようすです。映写されたスライドを写させていただきました。

■ お店でアート
 街中展の展示会場の店舗で、作家によるワークショップが行われました。なかには、カフェの店舗で、作家による飲み物サービス(それもアート?)も行われたようですが、残念ながら参加できませんでした。

■ 広報・記録物の作成
 これから、記録集の編集という作業が控えています。


 さて、やっと全体についての説明が終わったので、街中展について述べます。ただ今年は、街中展用に一日予定をあけておいたのですが、そこに病院が入ってしまって、何か所かを見るだけで終わってしまいました。ですので、我が家の展示についてだけを記しておこうと思います。

11
 いちばん道路に近いところに展示されたのが、宇佐美由紀子氏による布の作品「TEMPO ―時―」です。彼女の言葉では、「春に向かうときめきと 初夏への期待を イメージして 手持ちの和布と おりおりの思いだの布を 雨に強い布用ボンドを使いコラージュしました。」とあります。二階レベルのブリッジから吊るしていて、下はフリーになっているので風によくたなびきます。昼前後には中庭を通ってくる陽の光を裏から受けて色がさらに鮮やかに踊るようです。

12
 中庭の中央の置かれたのが、太田隆幸氏による「3つの環(WA)」という鉄の作品。圧倒的な存在感を示しています。幾何学が支配していますが、どこかユーモアも感じられます。それは、無垢の鉄ではなく、薄い鉄板によって組み立てられているという、いわゆる彫刻という大芸術に対する「はぐらかし」が意図されているのか、ポップの感覚なのか。いずれにせよ、建築による南北の強い軸線に対して、やや角度をつけて設置したところに、美術家のするどい造形感覚が見え、建築を設計したものとしては「やられた!」と思いました。この南北の軸線は、実は、少し蛇行しながら進むように計画したものだからです。
13
 ここは大切なところなので、説明を加えておきます。上の図は、「通り庭のある3世帯住宅」として雑誌「住宅建築」の2000年9月号に発表した折、作品解説の文中で使ったコンセプト図です。軸線としては南北に長く強いのですが、敷地形状の非対象性に起因し、外部階段やエントランスのボリュームの配置をずらして東西の棟が機能的に正面で向き合うことを避け、植栽の配置によって動線をゆるやかに蛇行するように導いていったことを示しています。まさにこの動線を受け止めるように、太田氏は作品を配置したのです。おそらく直感的に判断されたのでしょうが、これには脱帽でした。

14
 最後は、南の畑に設置された、岡崎詩をり氏の「Moutain series 自分で紡いだ糸」です。彼女はよく山に登る人で、山の印象を表した絵画を、埼玉会館展のほうにも出展していました。この、糸による作品は、平面の油絵の表現を糸で翻訳するように立体的に表現したもののようです。庭の桐の木をたよりに、糸が引っ張られて、山の稜線のような全体像が見えます。ただ、その「翻訳」がうまくいっているかどうかより、様々な色の糸が複雑に編みあわされて、「自然」とでもいった内容が目指されているように感じられました。それが、この場所特有の日常の生活や農という営みと混じりあって、稀有な表現になっていたと思います。

 あれやこれやと紹介してきましたが、とりあえず、現在進化中のプロジェクトといえると思います。来年、再来年と、また新たな展開に向けて進められれば楽しいのではないでしょうか。(青山恭之)